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同人情報
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冬コミお買い上げ多謝♪
通販もお気軽に
新刊構想中(^^ゞ
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プロフィール
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Author:Pin
出身:福岡県。現在は島根県出雲の国在住の一介の主婦。 趣味:同人活動ではハーロックに原点回帰中。(他にナノセイバー・恐竜惑星・ジーンダイバー)、ばんえい競馬、鳥関係全般、(科学者用)白衣等々。海外に行った時は旅行ネタ多目。
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スカイツリーは島根の自慢物件
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【2012/05/16 10:30】 日常・雑談
スカイツリー開業が来週に迫る中、ガガ様が昨夜特別見学させて貰っただの、開業の前日に金環日食が有る事から、スカイツリーとセットで撮影だ〜♪等々、何かと話題になってますね。(生憎ここは金環日食の圏外な上に当日の天気もいまいちっぽいんで、NHKおはよう日本で堪能させて戴く事になりそう)
んで今朝のNHKローカルニュースで「スカイツリーデザインの源は島根にあり」ってのをやってました。 何でもデザイン監修の彫刻家・澄川喜一さんは県内の吉賀町(よしかちょう)出身で、故郷のコウヤマキなる日本固有種の樹をイメージされたのだとか。
調べたらこれを記念して2/16にスカイツリー傍にコウヤマキを植樹していたんですね。
自分スカイツリーに行く事無さそうなので(世間が騒ぐと反発したくなる性格だし^^;)、各種報道でたまたま見かける程度しかチェックしてないのですが、デザインに島根の人が関わって居た事には感服です。
何かと底辺に見られがちな島根だけどスカイツリーに関しては自慢しても良いと思うのです(^^ゞ(笑)。
話は全く変わって昨日ベルリン関連で色々調べていたら、急にIEが重くなり以前言っていた様な症状がまた出始めました。修復ソフトや再起動しても改善しないので、思い切って余計な常駐ソフトをスタートアップから外しまくったら今の所マトモになった印象。
夏モデルが出る頃ですがNECの後継機は春モデルと大して変わらない?様なので、予定を前倒しにして底値の春モデル買うべきかも知れません。 でもGWに某電器店で店員と話して以来富士通と迷い始めまして^^; 排気口に関しては富士通の方が好みなんですよね。(ついでに出雲市生産) とは言えデータ移動や各種手続きを考えたらNECのままの方が面倒が少ない訳で。
PCの買い替え時は結構迷いますね。昔よりも遥かに高スペックで安くなったとは言っても、それなりに高額な買い物には変わり無いですし。 「欲しい時が買い時」は真理だけど緊急に必要とまでは行かない時はやっぱり迷います^^;
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にじいろジーンにベルリン登場!!
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【2012/05/12 11:26】 海外旅行
数日間が開いてしまいました…。前回の何某がなまじ検索トップに来るせいか、アクセス数が跳ね上がって目立ってる為、少々大人しくしておくべき…と思ったのと、依頼原稿が遅々として進まなくて焦っているのが理由ですが ̄▽ ̄;
何某が無くても依頼原稿を早く済ませて、自分の本の制作に着手したいと思ってるんで、ただでさえ遅れている旅行記が益々遅れるのは致し方無。(再三言ってるんで事情を御理解下さいませ^^;)
…等と思っていたら今日のにじいろジーンはベルリンとな?! 裏番の知っとこ!共々毎回海外ネタをやるんですが、結構今まで行った所が出る事も有り、去年買った3代目HDDレコーダーの同時録画機能を利用して両方録画してるんですよ。しかも個人的に今一番ホットなベルリンとなると興味津々*θ▽θ*
壁絡みは結構あっさり紹介して、どちらかと言うとグルメ・ファッション・シャルロッテンブルク宮殿のコンサート辺りがメイン。
確かにベルリンと言う所は壁関係だけでなく、ポップアートや王侯貴族の雰囲気を味わえたりと、実は多彩な街ですからね。(あの日程ではとても全部回れませんわ^^;)
ナポレオンの行きつけだったと言うツア レッツテンインスタンスなるレストランは、もう400年近く営業しているベルリン最古のレストランで有名だそうです。
相変わらずアイスバインでか〜〜!!(笑) やはりベルリンのグルメと言ったらアイスバインとカリーブルスト。これにビールが加われば実にベルリン≧▽≦ノシ
しかしカリーブルストにクノプケではなくカリー36を推奨か…。人気店の1つなのは確かだし最初に行った所でも有るけど、あそこは個人的にはいまいち口に合わなかったな^^; (詳細は後日) 実際に行った時の写真。夕方遅くてこれだから昼食時はTV並みに混むでしょうね。
 シャルロッテンブルクは生憎縁が無かった所なんですが、ミュンヘンの城っす(ニンフェンブルク城)を髣髴させますね。
もしまた行く機会が有ったらシャルロッテンブルクには行ってみたい。そして鳥を見るんだ〜。(そこかよ)
ポツダム広場とかジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)とか、チラッと映ったのに特に紹介されなかった所も幾つか。あ〜あれ写真に撮ったぞ!!…え〜と何処だっけ?^^;と思った所も幾つか。
これベルリン行きが決まる前に見ていたら気付かなかった所の方が多かったでしょうね。やはり実際に体験すると自ずから視点が変わる物だと言う事を実感´▽`
エコの国ならではのフラップを付け替えられる鞄とか、昨日の売れ残りのパンだけを売ってるパン屋とか、日本では思いつかなさそうな合理的且つ、スマートなアイディアには学ぶ所も有りますね。
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ばんえい騎手同志が暴行事件?!(御詫び付)
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【2012/05/07 22:47】 ばんえい競馬
注:特定出来る形で書いた件について指摘が有りましたので、問題箇所を訂正の上再掲させて戴きます。被害者の騎手及び関係者の方々、この文章読んで不快に思われた方に御詫び申し上げます。
昨日ベテラン騎手2人が「事故の為騎手変更」と有って、調教中に揃って落馬で怪我したにしては不可解な…と思ったら、某若手騎手を殴って顎を骨折させたとな?! (実際に手を出したのは年配の方らしいが)
それを聞いた瞬間被害者はま た あ い つ かと思ったらやっぱり…-Д-;
新聞の記事に拠ると酒の勢いの様ですね。本来禁止されている調整ルームでの飲酒自体問題と思いますが(発覚しないだけで結構陰でやってる?)、騎乗予定が無くて入室が制限されているのに、そこに入っていって酒飲んだ○○にも問題が有るのでは。公正保持的な意味で。
最近あまり見かけないなぁと思っていましたけど、実際3月に行った時も全く騎乗せず、最終日の挨拶の時漸く姿を見かけた位でした。 その理由についてはチラホラ聞いてはいたけど、自分で更に首を締めてどうするんですか? ただそこにリーディングトップクラスが絡んだのがいけませんね。 そりゃ生きていればぶん殴りたくなる事って確かに有るけど、そう思うだけなのと実際に手を出すのは大違いです。原因は○○に有ったとしてもどっちもどっちでしょう。 まあこの世界結構血の気が多い連中が居るもんだし、陰では何かと揉め事が起きてるんだろうけど、こう言う事が明るみに出るとばんえい全体のイメージダウンになるんで、報道されてしまったからには被害者・加害者共猛省を促して、今後こんな事件が起きない様にして欲しい物です ̄_ ̄;
…それ以前に事件が起きて数日隠蔽していた事の方が問題では無いかと。
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ベルリン旅行記(2)〜ベルリンの壁2
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【2012/05/06 14:07】 海外旅行
帰国直後の報告では「現存する壁は全て見て来た」と言いましたが、後で取りこぼしが結構有った事に気づきました^^; でも主な所は一通り回って来たんで一応見て来た順番に取り上げる事にしましょう。
【テロのトポグラフィー(トポグラフィー・オブ・テラー)〜チェックポイントチャーリー手前】 次回分も含め回った所。
 ホテルの在るアンハルター駅近辺は壁の境界線近くなので、近辺に壁の痕跡が結構残ってます。一番近いテロのトポグラフィーまで徒歩で行けますから。 ここはヒットラーのゲシュタポの跡地で、旅行ガイドでは「工事中の為移転公開中」と有りましたが、行った時には一応終っていた模様。
 壁の痛みは結構激しいですね…剥き出しの針金が骨を曝しているみたいで痛々しい。
 しかしその向こうにはバンザイするクマが居るのだった(笑)。クマはベルリンの象徴で随所にこんな格好のクマが、カラフルな塗装を施されて立ってます。
 敷地内にはゲシュタポ関連の資料館(無料)も在って、当時の街の風景やヒットラーの狂気っぷりを豊富な写真で展示して有ります。…結構写真は撮って来たけどさ…欧米って死体や処刑シーンを平然と展示するんでな-Д-; モノクロとは言え結構きついわ…。 そんな訳で極一部のみ抜粋。
 ゲシュタポに逮捕された人々(の一部)。
 ヒストリーチャンネルは今月ヒトラー特集月間らしく関連番組を放映してますが、正直こいつに関しては胸糞悪くなるんであまり詳しく知る気にはなれません。 ただヒトラーが単なるキ○ガイと言う訳ではなく、元々当時のドイツ人労働者はユダヤ人を快く思ってなくて、奴はその心理を巧に利用しただけらしいですね。
壁の道1つ隔てた所に旧監視塔が在るらしいのですが、移転していたのか見落としたのか気づかず ̄▽ ̄; でも壁の向かい側にはこんなモニュメントも有りました。「壁に穴が開いたので覗きに来た人々」を表現した物だそうです。(確か実際にそう言う写真が有った様な。)んでちょっと先には前述のクマが居たりして。
 右手に曲がってチェックポイントチャーリーに向かおうとすると、ベルリーナー・フライヤーなる気球登場。これに乗ると上空から街が一望出来ますが、この日は天候が悪くて運休していた模様?  隣にはトラバント博物館。旧東独(DDR)時代の産物・トラバントの展示だけでなく、実際に乗って街を見物する事も可能で何気に楽しそう。
 しかしそのすぐ隣は殺伐とした未開発地域。ベルリンにはこうした空き地が随所に在り、未だこの地が本当に立ち直り切れていない事を痛感させます。何しろ壁の境界線ですからな。
 そして道の反対側に壁跡ライン。
 道路沿いに壁跡のレンガは続く…。
 と思ったらいきなりきくっと曲がるんだな、これが。道や建物の構造無視して壁作ったから、こんな唐突な状態になる訳。
 そこの壁には壁時代の状況が展示されちょっとした野外博物館です。
 現役時代のトラバント。普通の車よりも小さくて可愛い?
 この看板から向かって左手にはかのチェックポイントチャーリーが在るのですが長くなったので次回に続く。
次回はチャーリーからポツダム広場〜ブランデンブルク門を紹介予定です。
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GyaOでSSX配信中
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【2012/05/04 12:59】 ハーロック@松本零士
わが青春のアルカディア 無限軌道SSX
何年か前にもGyaOで配信していてその時は全話観たんですが、今回気がついたらもう9話まで行ってました。(と言う事は4月から毎週2話づつ更新だったのね)
まあSSXは一昨年自前のビデオテープからデジタル化済なんで、今更ネットで観ようとは思いませんが、旧TV版よりもネット配信の頻度が高い様に感じますね。
劇場版『わが青春のアルカディア』共々もう30年前の作品とは…時の流れは早いもんです。今配信中の10話の作監担当した荒木伸吾さんも亡くなっちゃったし。 レビューでは「古臭さを感じる」との意見も有りますが、作画レベル的には今見ても遜色は無いんですよ。 松本作品自体古臭い所が有るからそれは置いとくとしても、話がねぇ…致命的に面白くないからさ ̄▽ ̄;
ハーロック&ミーメ派の自分はもとよりハーロック&マーヤ派にも楽しめないし。いやカップリング云々の問題では無くて、客観的に見ても物野忠がウザイウザイ ̄_ ̄; 台羽正もアニメ化の際に子供向けの煽りを食らって、熱血馬鹿にされてしまったけど、彼の場合はそんな事情を知ってるから未だ同情出来るんです。
しかし忠は子供向けと言う事を考慮しても、ハーロックの足を引っ張ってるだけにしか見えなくて。少年ゆえの未熟さにすら見えずただただ生意気なだけ。 そう言えば同じ鉄郎系のキャラで『宇宙交響詩メーテル』のナスカも、ニ○動辺りで「ウザイ」と言われまくってましたねぇ ̄▽ ̄;
おかげで最終回に「歴史を創れ…お前達のな」と未来を託された台羽と違って、「じゃ」とあっさり別れを告げられる始末(笑)^^;
 つくづく台羽は描かれ方が勿体無いと思ったもんです。
 忠との別れは本当に素っ気無かった^^;
 誰か「そして女ばかり連れて行くハーロック」と言ってたが…確かに(笑)^^;
 旧TV版最終回と違って余韻もへったくれも無かったよな〜 ̄▽ ̄; まあ放映当時は私を含めファンから非難轟々で、好きと言う人の気が知れないと貶しまくっていたもんですが、数年前のGyaOで超久し振りに観た時は、思った程腹も立たず素直に視聴出来たのは自分が大人になったから?^^;
とゆーかSSXって主人公トチローですから。今は亡き富山敬さん演じる唯一元気なトチローが拝めるし、ハーロックが若干へタレなので2人の掛け合いも幾らかは楽しめます。
ただそのトチローも悪い意味で子供っぽく描かれていたのねぇ…。結局誰得?と突っ込みたくなるのがSSXと言う作品なのですよ。
ん〜無料だし暇が有るならまあ観ても良いんぢゃない?! 後は御自分で判断下さい^^;
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ベルリン旅行記(1)〜ベルリンの壁1
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【2012/05/02 00:40】 海外旅行
街の随所に有る壁跡ラインの1つ。
 ベルリンの壁が存在したのは1961年8月13日から1989年11月9日。思えば1989年と言う年は昭和天皇は崩御するわ、東欧諸国の民主化運動にベルリンの壁崩壊、翌年のソ連崩壊と東西ドイツ統一に繋がる歴史的にも大変革の年でした。
壁が崩壊して早や20年余り経ち誠に時の流れの早さを痛感してしまいます。
私がベルリンの壁崩壊以降再び壁を意識したのは2009年にミュンヘンで本物を見た時。奇しくもその年が崩壊20年だったのは単なる偶然でしょうか。 以後私の脳裏には「ブランデンブルク門」「ベルリンの壁」と言うキーワードがリフレインしていたので、今回ベルリンに行く事になったのは絶好のチャンスでしたね。(元々ミュンヘンの自然史博物館が期待外れだったし、今度ドイツに行くならフランクフルトかベルリンと思ってた)
しかし有名な割には意外と知らない事が多いのもベルリンの壁。そこで自分を含めて壁が出来た経緯をおさらいをしたいと思います。
尚、壁が出来た経緯や当時の状況等、より詳しく知りたい方は以下のサイトがお勧め。 ベルリンの壁資料館
ベルリンの壁は「東西ドイツの境界線に在った」「ベルリン全部を囲んでいた」「中にベルリン市民をを閉じ込めた」と思っている人が結構居ますが、これは全部間違いです。 下の地図でお解かりの様にベルリンは寧ろ東側のポーランドに近い所に在り、しかも壁に囲まれたのは西ベルリンだけです。

 事の起こりは第二次大戦後。敗戦国だったドイツは東側をソ連、西側をアメリカ・イギリス・フランスの連合軍の支配下に置かれ分裂します。 しかしヨーロッパの要所としても重要な位置に在るベルリンだけは、東をソ連、西を連合軍に二分されてしまいました。
結果西ベルリンはソ連が支配する社会主義の海に浮ぶ、資本主義の孤島と化し、ソ連にとっては忌々しい存在でした。そんな訳でソ連は西ベルリンから連合軍を追い出して、自分の物にしようとあの手この手で嫌がらせを始めます。 1948年にはベルリン封鎖…西ベルリンの陸路を全面閉鎖し、物資の輸送を絶って西ベルリン市民を干上がらせようとしますが、連合軍も己の威信に賭け旧テンペルホーフ空港を中心に、空輸大作戦(ベルリン大空輸)で市民を支える事で対抗し、米ソ間の関係は益々冷えていきました。
旧テンペルホーフ空港前の「空の架け橋」記念碑。
 そうしている間にも資本主義の西ベルリンと、社会主義の東ベルリンとの間に格差が生じてきます。
当時東ベルリンでは労働者に厳しい生産ノルマを架して圧制を強いていた為、それに絶えられなくなって西ベルリンに逃げる人が後を絶ちませんでした。西に行った方が生活が豊かだったし、飛行機で西独の別の街に行く事も自由に出来ましたからね。
これでは労働力が減る一方だと判断した東独が、秘密裏に建設を始めたのがベルリンの壁。西ベルリンを閉じ込めた様に見えますが、実は東ベルリンから西に逃げない様にする為の、ソ連と東独の嫌がらせだったんですな。 突如現れた壁のせいで家族や恋人や友は長きに渡って引き裂かれる事になり、壁を越えて西ベルリンに行こうとして192人が犠牲(射殺は136人)になりました。 だって壁を越えようとしただけで射殺ですよ。まるで脱走兵ぢゃないですか。相手はちょっと前までは普通に行き来していた同じドイツ人なのに。
言うなればDV夫に嫌気が指して妻が家を飛び出そうとしただけで、見張っていた御近所さんに撃ち殺される様なもんです。当時の東独はシュタージ(秘密警察)が横行し、家族や恋人や友の中にもスパイが居たと言うから、そんな状況で脱出を目論むのは至難の業でした。
それでも数々の工夫と危険を冒して脱出出来た人は結構居たのですが。
そして1989年。東欧各国で民主化運動が起こり(東欧革命)、先ずポーランドが、次にハンガリーがソ連の支配から脱却します。 5月にハンガリーがオーストリアの国境を開放すると、そこから西独に亡命出来ると考えた東独民が、国境沿いの街ショプロンに集まって来ます。(旅行に制限が有った東独民も東欧なら何とか可能だった) この街は三方をオーストリアに囲まれている為、一旦オーストリアに逃げ込めば晴れて自由の身になれると言う訳です。
 事態はハンガリーが東独との関係悪化を覚悟して、東独民の亡命を手助けする汎ヨーロッパ・ピクニック事件に発展。「何で逃がしたんだ?!」と逆ギレする東独政府に対し、ハンガリーは「逃げる様な国にしたあんたの方が悪い」と一蹴。ハンガリーカッコいい!!そこに痺れる憧れるぅVv
最早危険を冒してベルリンの壁を越えなくても、ハンガリー経由なら自由に西独に逃げられる様になったのです。かくして壁は有名無実の存在に。壁建設と亡命者射殺を推進したホーネッカーは「壁は100年は安泰だ」と主張し、尚も固執しますが世の中の流れには勝てず、遂にはソ連にまで見捨てられ失脚。
…遂に壁崩壊に繋がるので有ります。
今では普通に観光地となっているブランデンブルク門も、繁華街のポツダム広場も壁の時代に翻弄されたのが嘘の様です。 壁時代のポツダム広場。
 これが今やこうですからね。
 もっとも1930年頃のポツダム広場は大変栄えていたのに、第二次大戦で焼土と化したまま壁が出来たんで、崩壊後漸く元の栄華を取り戻しつつあると言った方が正しいのでしょう。
しかし日本も北海道がソ連に取られていたら、津軽海峡の双方で同様の悲劇が起こっていたのかも。その点ではマッカーサーに感謝ですな。
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ベルリン旅行記漸く開始?
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【2012/04/30 21:03】 海外旅行
4月中に始めるつもりがPC不調その他諸々で遅れに遅れ捲くり ̄▽ ̄; しかしその間にも色々調べたり資料作成したり…と、これまでの旅行記とは比べ物にならない位準備しとるのですよ〜これでも^^;
ここの所スカパーを中心にベルリン関連の番組が相次ぐから、そのチェックに忙しい〜と思ったら何の事は無い。正確には以前からその手の番組は有ったのに気づかなかっただけの様です。 最近放映されたヒストリーチャンネルのベルリンの壁特番で、当時の壮絶さに圧倒されたりとか。番組自体は壁崩壊20周年の2009年制作なのに当時は全く気づかず。 やはり実際に行くか行かないかで興味の持ち方が全く違いますね。今は「壁=ベルリンの壁」と思っている私も、名前の割には知らなかった事や書きたい事があまりにも多くて、何処から手を着けようか戸惑ってます ̄▽ ̄; 先ずは自分の認識確認も含めて壁が出来た経緯について語ろうかなと。
ベルリンと言う所はポーランド同様ソ連の支配下に有ったせいで、建物や車両等が随所にポーランドを髣髴させる上に、共にユダヤ人虐殺にも関わった地でも有るんで、個人的に今回の旅行記はポーランドの続編的な見方をしています。
まあポーランドも大概でしたがベルリンはもっと大概とT∇T;
そんな訳でそろそろ開始する予定ですが、連休中で自分も帰省せねばならないし、依頼原稿も有るし…で、前から言ってる様に完結まで半年は要する事を重々承知しつつ、気長に御期待下さい(^^ゞ
【オマケ】 もうすぐ見納めテーゲル空港。
 アンハルター駅近くの壁跡。ベルリンの壁ではなく城壁の跡だそうです。
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