のよのよ in Zの悲劇?!
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出身:福岡県。長年住んだ出雲から佐賀へ移住の白衣好き主婦。
趣味:同人活動ではハーロックに原点回帰。(他にナノセイバー・恐竜惑星・ジーンダイバー)、ばんえい競馬、鳥関係全般、(科学者用)白衣等々。海外に行った時は旅行ネタ多目。


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シンガポール(1)~概要~
【2018/06/19 16:31】 海外旅行
 ポーランドIVが終わったので漸くこちらに着手出来ますよ。
 シンガポールはオーストラリアのトランジットで利用した事は有りますが行くのは初めてです。ほぼ赤道直下の国なので常夏、しかも連日高温多湿は体にも精密機械にも堪えますね-Д-; (レンズが曇ってピントが合わず、シャッターチャンスを逃したりピンボケになる事もしばしば)

 何処に在るか広域図で見ると国土が見えない位小さな国です。実際東京23区程度の面積だそうです。
国が見えない…
 こうして見るとマレーシアの一部…と言うか実際マレーシアから独立してます。国丸ごと「シティ」と言う都市国家なので所謂「首都」と言う物は在りません。
マレーシアに囲まれてる
 マレーシアとは目と鼻の先なので、バスや列車で気軽に行き来出来ます。南のセントーサ島はつい最近米朝会談の場になった所で、普段はリゾート地として賑わってます。(行ってないので良く知らない)
米朝会談の場所にもなった
 しかし国境で天気がスパッと変わったのには驚きました。右のマレーシアは雷雨なのに左のシンガポールは晴れてたと言う。
右マレーシア左シンガポール
 事前に入手しておいたシンガポールドル(SDG)。オーストラリアやニュージーランド同様、プラスチック(ポリマー)製で一部透けてます。
 全部同じ人物が描かれてますがユソフ・ビン・イサークと言う初代大統領です。
シンガポールドル表
 裏面は其々テーマが有り、上から「教育」「ガーデンシティ」「スポーツ」「芸術」(以下100SDG「青年たち」 1000SDG「政府」 10000SDG「経済」)となってます。
シンガポールドル裏
 2・5・10SGDの透明部分は良く見ると金額の数字が印刷されてます。
一部透明+金額の文字
 「SINGAPURA」はシンガポールのマレー語表記で「ライオンの町」と言う意味です。どうりでマーライオンがシンボルな訳だ(笑)。
ここも一部透明
 50ドル以上の高額紙幣は紙製で透けた部分が無く、代わりに光源によって色が変わる箔押しと、金属テープが埋め込まれてます。
50ドル以上は紙製
 2~10SDGは結構頻繁に流通される為、高温多湿の気候にも耐えられる様にプラスチックに切り替わりましたが、高額紙幣はそこまで頻繁に出回らないので紙のままなんでしょうね。
光源によって色が変わる
 …さて、紹介予定の主な内容ですが東京23程度の国とは言え、国際学会の合間を縫わざるを得なかった以上、行けなかった所も少なく有りません。
 一応定番の所は抑えてありますがそれでも充分ではないので予め御了承願います。

 ・ジュロン・バードパーク
 何しろ一番のお目当てなので趣味大爆発の予感。3回位要するかも? 
ジュロン・バードパーク入口
 ・マーライオンとマリーナ・ベイ・サンズとガーデンズ・バイ・ザ・ベイ
 「如何にもシンガポールな観光地」です。非常に解り易い反面在り来たりになりそう。
典型的な写真
 登ると結構お金がかかるので下から見ただけ~。
異様な樹木群
 ・カトン地区(結構穴場)
 実際泊まった場所ですがプラナカンと言う、マレーシアと中華系移民の文化が混在した地区で、独特のカラフルな家が目を惹きます。
カトン地区
 ・旧マレー鉄道跡
 滞在中にガイドブックを見ていて知った穴場。
実は廃線
 ・チャイナタウン/リトル・インディア
 学会オプションのツアーで行ったので軽~く寄っただけ。
チャイナタウン

リトル・インディア
 ・シンガポール植物園
 前述のツアーでも行きましたがメインは鳥で(笑)。
警戒心の無いシロハラクイナ

セキショクヤケイ
 ・交通機関
 主な移動手段はMRT(マス・ラピッド・トランジット 大量高速輸送鉄道)ですが、宿泊先のカトン地区は未だ工事中の為、寧ろバスを使う機会が多かったです。
MRT
 チャンギ空港第二ターミナルから発着する36番は、カトンを通って街中に行くのに便利な路線。但し始発が遅い為、帰りの飛行機には使えませんでした ̄▽ ̄;
36番バス
 ・グルメ関係
 そんなに大した物は食べてないですがチキンライスは良いぞ。日本のチキンライスとは全く違います。
日本のチキンライスとは全く違う
 書いてる途中に思い出したネタが有ったら随時追加します。
 ただ再三言ってる様に8月盆明けに台湾、その数日後にアムステルダム(+ベルリン)が入ってる為、恐らく行くまでに終わらないでしょう^^;

ポーランドIV(最終回)~技術博物館&総括~
【2018/06/17 17:30】 海外旅行
 進化博物館を出てから未だ時間が有ったので、Iさんに技術博物館を見せようと向かったら…。
一見普通にやってる様でいて…
 潰れてました∑( ̄□ ̄Ⅲ;)
潰れてました
 しかし外からは全くそんな風には見えません。
外からは判らんぞ
 良く見たら外の展示物案内のポスターも前年(2016年)のまま…。2017年6月に閉館したそうで。
古いポスター貼ったまんま…
 以前公式サイトには「新博物館と統合(意訳)」的な事を書いてましたが、実態はもっと複雑らしく「元の運営組織が補助金が尽きて経営が立ち行かなくなって、このままでは膨大な展示品が散逸してしまうので、国立博物館に移管するか否かと言う話になり、結局今年の2/1~12/31の間に移管させる」事になった様です。
 Wikipediaに因ると施設の老朽化により諸々の補修が必要なので、それが済んだら2019年に新国立博物館として復活予定らしいです。
 
 少なくとも今は閉館中(の筈)なので代わりに在りし日の姿(2011年9月)の様子を紹介しておきます。
 玄関に飾ってあった旧市街の人魚を模した物。本物よりも胸が有る…と言うか何気にやらしい(笑)。
何かと思ったら例の人魚か
 アングルは違いますが元ネタは貧乳なのにな。
実際の人魚
 鉄道の小さなジオラマが幾つか有ったんですが、明らかに線路の敷き方がおかしい物がチラホラ…??
謎の鉄道ジオラマ
 樹を避ける為にしても絶対車両が通れない(笑)。
何故線路が分かれてるんだ?
 でも樹に留まってるのはぼっちゃん達。そうか…ぼっちゃんの為なら仕方無いな(笑)。
ぼっちゃんの樹だった
 昔のカメラ(左)とオルゴール?
昔のカメラと楽器?
 手回しオルガンかな。マネキンが何気にビジュアル系(笑)。
楽器
 ショパンの国なだけ有って楽器の展示が多い様な。
流石ショパンの国
 1954年に作られたポーランド初のコンピューター。
初期のコンピューター
 1965年製造のポーランドで初めて成功したコンピューターだそうですが…手前の板が外れてる(笑)。
板が外れてる(笑)
 コンピューターがズラッと。
コンピューター諸々
 今時の若者は手前のダイヤル式電話も知らないかもなぁ。
電話
 洗濯機も色々有りましたがこれが一番インパクトでかい。決して風呂桶では有りません。
昔の洗濯機
 宇宙開発のコーナー。一気に未来チックに。
宇宙開発のコーナー
 スペースシャトル『コロンビア』とアポロの模型。コロンビアって地球帰還直前に空中分解したよね…TДT;
アポロとか
 ロシアのボストークの1/3模型…ですが何号かは不明。(「1号から6号まで作られた」としか書いてない)
ボストーク?
 如何せん当時は今程写真を撮ってない為、詳しい事が判らない物も多々有るんですよね。もしリニューアル後に行く機会が有ったら確認したい物です。

 技術博物館が開いて無かった為、一旦解散し夜にワルシャワ中央駅傍のショッピングセンター内でIさんも交え軽く乾杯。
ショッピングセンター内

乾杯
 その後Iさんと別れホテルに戻る途中の文化科学宮殿は相変わらず怪しいのでした。
夜見ても怪しい
 まあ9か月前の記憶を掘り起こして総括もへったくれも無いですが、ビャウィストクの意外なハイテク振りや、新型車両投入、ド田舎ですらFree-Wifiがかなり浸透している等々、年を追ってポーランドも色々と発展して来てますね。
 
 恐らく2~3年以内にまたビャウィストクに行く可能性が有るんで、その時はまたネイチャーセンターのエリマキシギ(笑)を観たり、技術博物館の様子等々確認出来るのでは無いでしょうか。

 とゆー事でやっとこさポーランドIVを終わらせる事が出来ました ̄▽ ̄; 途中2回も訃報が入ったのは精神的にもきつかったですね。

 次回からシンガポール旅行記が始まりますが、終わらない内に台湾とアムステルダム(+ベルリンVI)に行く事になりそう…^^;

 何はともあれ御愛読有難うございました。

ポーランドIV(20)~ワルシャワへの帰途&新型車両~
【2018/06/13 21:43】 海外旅行
 ワルシャワ観光の時間を捻出すべく、10時前の便でとっととビャウィストクを離れます。
 往きは旧型の客車でしたが帰りは滞在中に見た新型車両だ!!イェ~イ>▽</
あの車両だ!!
 そもそもチケットを取った時往きは3人並び(6人定員コンパートメント)だったのが、帰りは2+1人になっていた時点で車両が違うのでは?と思ってた訳で。
 PesaDARTと言う形式で、2014年12月導入のPendolino EIPに次いで2015年12月に導入された車両だそうです。(どおりで前回行った時には見なかった筈だ…)
おおカッコイイ
 仕様は正に新幹線ですね。ただ路盤が旧社会主義時代から脱却し切れてない為、未だ未だ本領発揮とまでは行ってない様です。今後路盤が整備されれば国内の移動もかなり快適になるでしょう。
 ホームが低いのでステップ付。
ステップ付
 旧車両のこれに比べれば随分スタイリッシュになったもんです。
旧車両のこれ
 Free-Wifi付ですが途中ド田舎を通る為、繋がらない箇所もしばしば…?
Free-Wifi付
 行き先は電光表示ですがちゃんと撮れなかったんで後で解説します。
行き先は電光表示
 それにしてもカッコイイ…日本で走っても違和感無い…。
角度を変えてどうぞ~
 座席も特急仕様だよ~ん♪
特急仕様だよ~ん
 テーブルを出すとまるで飛行機の座席の様。
飲食可能なテーブル
 …列車はビャウィストクを走り出し…車内には行先と停車駅が表示されます。
 下の方に現在時速が出ますが最高130㎞位出てました。行った当時はマウキニアの路盤改良中でしたが、工事が終われば基本まっすぐな路線だしワルシャワ~ビャウィストク間の所要時間が2時間切るかも。(この時点で2時間20分程度。旧型車両だと3時間位)
行き先は…何処??
 んで行先は何処…? ビエルスコ・ビャワ(Bielsko-Biała)…ポーランドのほぼ南端、国境付近まで行くそうです。
行き先は国境付近
 公式サイトの路線図に因るとエウク(Ełk)からビャウィストク~ワルシャワ~ズバルドン(Zwardoń)のチェコ&スロバキア国境付近まで行く南下ルートと、ヴロツワフを抜けてドイツ国境手前のベングリニエツ(Węgliniec)まで行く西方ルートが有る様です。
 北部のグダニスク方面には行かないのね…意外。
路線図
 ポーランド縦断ルートはペンドリーノの方みたいですが、こちらもワルシャワやビエルスコ・ビャワには行くのにグダニスク方面は行かないとか。
 んでこの停車駅の表示ですが…ビャウィストクの次の次の駅チジェフ(Czyżew)から故障したらしく止まったまま… ̄▽ ̄;
途中から止まったまま…
 デッキ付近には荷物置きも搭載。
荷物入れ棚付
 車掌室も丸見えだったけど(笑)。
車掌室
 車両が新しくなってもフェイント牛は健在っす(笑)。
フェイント牛
 ぼっちゃんも見てますよ~。
ぼっちゃんも見てます
 トウシュチ(Tłuszcz)のビャウィストク側には錆びたSLが放置されてます。
錆びたSLが置いて有る
 流石に撮る暇が無かったんでGoogleマップより引用。マジでこんな風に赤錆びだらけ…。
赤錆びたSL…
 何か痛々しい…TДT;
放置SL2
 2時間20分程度でワルシャワ到着。ビャウィストクとは対照的にステップの方が低いですね。駅によってホームの高さがバラバラなのは困ったもんです。
中央駅の方がホームが低い

ホームより低い
 終点名が入り切れず電光表示が流れて行ってます。
終点が入らない
 それにしてもカッコいいなぁ~。個人的にはペンドリーノよりも好きですね。
ああでもカッコイイ…
 …と言う事で次回ポーランドIV最終回『進化博物館+α』の予定。途中何度も中断が有った事も有り、9か月前の話を延々する羽目になるとはなぁ ̄▽ ̄;

ポーランドIV(19)~謎の観光ツアー(2)~
【2018/06/05 21:08】 海外旅行
 途中に在った道路標識「市街地の終わり」…ここから先、民家らしき物は殆ど在りませぬ。
市街地の終わり
 でも途中の小屋の上には…。
…あれは!!
 ぼっちゃん(シュバシコウ)の巣@使用済。
ぼっちゃんの巣
 それにしても遠い…シナゴーグから15分以上歩いとります…普通ならバスで移動する位の遠い…-Д-;
城までが…遠い!!
 20分以上歩いて漸くティコチン城到着。
ティコチン城到着
 ここにもぼっちゃんの巣が!! やはりここはぼっちゃんの支配圏だった~!! 初夏に来たかった…。
ここにもぼっちゃんの巣
 城門から中庭に入ります。
城の中庭に
 土産物屋にもぼっちゃんが。しかし脚が太いっすね。家のぼっちゃんの方が可愛いぞ。
土産物屋
 マグネットもぼっちゃんとバイソンがメイン。
土産物2
 結局これを買いました。2つで20PLN。
結局買った物
 先ず城の地下室へ。ティコチン城は元々リトアニアの貴族・政治家だった、ジョナス・ゴシュタウタスが1433年に建てた物でしたが、1560年代にゴシュタウタス家が途絶え、ポーランド王兼リトアニア大公のジグムンド2世の所有物になります。
地下室は資料室みたいな…
 兵器庫兼王の邸宅でもあったこの城は1611~1632年に建て直され城塞になる物の、戦争に翻弄された上に1734年の火事で暫く廃墟状態に。2005年に一部が漸く再建されました。
資料2

当時の衣裳とか
 ティコチン自体ポーランド・リトアニア連合分断後、プロイセン(旧ドイツ)→ロシアと所有権が何度も変わり、ポーランドに戻ったのは1815年。
 以後第二次大戦前までの人口は4~5000人でしたが、半数を占めたユダヤ人が根絶された為、現在は2000人と半減したそうです。
 歴代所有者とその一族の肖像画…と思われますが、ゴシュタウタス家やジグムンド2世由来かどうか良く判りません^^;
肖像画
 移動して塔の中へ。広場に置いて有った祭壇??の装飾が美しいです。
 後ろに写ってるのは城の解説係…だった気がしますが、殆どポーランド語しか話せない様で、英語解説は簡単に終わってしまった為、内容がこれまた解りませんでした ̄▽ ̄;
装飾が細かい
 ジグムント2世の肖像画ですかね? この人は3回結婚してますが2度妻に先立たれ、一族直系最後の男にも関わらず、結局世継ぎに恵まれないまま亡くなったそうです。
ジグムント2世の肖像画?
 塔から外を見た様子。
塔から外を見た様子
 城の一部はホテルになっており、ゆっくり静養したい人には結構人気が有るそうです。…周囲に殆ど建物が無い為、夜になると真っ暗ですが^^;
中庭
 日が暮れてから漸くレストランで会食。ウェルカムドリンクは柑橘系のウォッカ。日本では有り得ないチョイスでした。
飯テロ

飯テロ2
 しかし序盤で出たジュレック@ゆで卵&ソーセージ入りで、かなりお腹一杯になって仕舞い、残りの料理がろくに入りません ̄▽ ̄; 実際料理はかなり残ってしまいました。
ジュレックで腹一杯
 Iさんトラウマのピエロギも(笑)。
ピエロギも
 実は別の日にビャウィストクの方でもウェルカムパーティーが有ったんですが、主催者が私等日本人を気遣って「カンパイ(乾杯)」と言ってくれた以外は、殆ど内輪だけで盛り上がってる状態でしてな。
 この時も乾杯の音頭以外はそんな感じで、面識の無い殆どの招待客は時間を持て余しスマホを弄るしか無かったと言う…。
 ド田舎なのにFree-Wifiはしっかり入ってる辺り、ポーランドの意外なハイテク振りは実感しましたが、自分独りでは絶対行かない様な所に行けたとは言え、パーティー自体はぶっちゃけつまんなかったです ̄З ̄;
 ビャウィストクにはまた行く機会が有りそうですが、もうツアーには参加したくないっすな ̄▽ ̄;

 帰りは真っ暗だったんで写真は無し。工科大に戻ったのは22時半位でしたかな。
 丁度16番(ホテルに帰るのに一番便利な路線バス)が来て間に合わない…と思ったら、待ってくれて乗り込めた物の、街中の道路工事の影響で上りと下りのルートが違っていて降りるバス停に一寸戸惑う。
 しかもバス代払わずに降りてしまいました…スイマセン^^;

 次回は『ワルシャワへの帰途~新型車両登場(仮)~』をお送りします。色々有って滞りがちだったポーランドIVも後2回位で終わりそうです。
 終わったらシンガポールが待ってるぞ!!(笑)^^;

ポーランドIV(18)~謎の観光ツアー(1)~
【2018/05/31 21:15】 海外旅行
 ビャウィストク工科大の学会にはオプションとしてツアーが有り、3度目の参加ともなると断り難くなって参加する事に。
 前回は湖で船に乗ったそうだし今回も行き先はその類かと思いきや…。
 バスは工科大を出て西へ西へと…何の事は無い。前回(2015年)代行バスでワルシャワに戻る時通った道です。しかし1時間近く経つと右手の脇道に入りろくに民家も無い未知の領域に突入。ポツンと建っていたこれは教会ですかね?
教会かな?
 予め行先を知らされてなかった(サプライズ?)為、一体何処に連れて行かれるのか不安になって来ます。途中の道路標識を見ても全然知らない地名ばっかりだし。
 脇道に入って20分弱、漸く広場に到着。ヨーロッパバイソンの実物大模型が目を惹きます。
広場に到着
 ここでバスを降りて数分歩きます。道路標識の地名を見ても相変わらずここは何処?私は誰?状態。
何処かサッパリ判らん
 荒れ果てた&修復中の古ぼけた建物に到着。
シナゴーグ
 その建物の傍の案内板で漸く地名判明。TYKOCIN(ティコチン)…知らねぇ^^;
ティコチン…知らん!!
 観光地案内。右のシルエットを見るに「ぼっちゃん(シュバシコウ)」が飛来する様です。
周辺の観光地
 知ってる日本人は殆ど居ないと思うので場所説明。
ティコチン位置関係(全体)
 近郊の位置関係。Googleマップだと車で26分になってますが、実際は1時間以上かかります ̄▽ ̄;
 当初ティコンかと思ったらティコンなのだそうで。そう言えばポーランド語の「C+母音」はサ行ではなくタ行でしたっけ。
 つまり「トロー」ではなく「トロー」か…成程(関係無い)。
ティコチンやや詳細位置
 何故ここに連れて来られたのかと言うと上の建物は大シナゴーグ(Wielka Synagoga)、つまりユダヤ教の教会だからです。戦前のポーランドに350万人も住んでいたユダヤ人とその痕跡は、言うまでも無くナチス=ドイツに因って大半が破壊されてしまいました。
 例外的に難を免れた数少ない地域がこのティコチンなのです。ユダヤ教関係者には有名らしいです。
 中央の礼拝室。外の殺伐とした雰囲気に比べると清楚な美しさを感じる部屋です。
中央礼拝室
 祭壇は壮麗なデザイン。
祭壇
 壁は模様では無くヘブライ語なので何書いてるか全く解りません^^;
壁はヘブライ語で書かれている
 礼拝室横の通路に幾つか資料が展示されてます。これは蝋燭の燭台ですかね。
燭台かな
 恐らくここで式を挙げたりお祝いをした人達の幸せそうな写真。彼等の大半は恐らくガス室送りTДT;…?と、思いましたが良く見ると大半はカラー写真ですね。すると戦後に撮った物なんですかね??
ここで式を挙げた人達は…
 ザッと見てから外に出ると修復中なのも相俟って外壁は横から見ても殺伐…。
殺伐…
 傍に在るユダヤ文化博物館(Muzeum Kultury Żydowskiej)もボロボロですな^^;
 でもこんなド田舎なのに衛星放送はしっかり有るのね。
博物館 
 さり気なくザメンホフの名(ZAMENHOFA)が入ったレリーフ。彼もユダヤ人ですしこの地とも縁が有るそうです。
ザメンホフの名が入ってる
 とゆーかここが博物館なのは中に入ってすぐに判りましたが、地元民の素朴な暮らしを展示してるのかと思ってたんですよ。この記事を書く為に正式名称を翻訳して漸くこれもユダヤ教絡みと知った次第。
 でも展示物は本当に素朴ですね。
素朴な展示物
 地元の人が故郷のさり気ない光景を描いた絵が幾つも飾られてます。ワルシャワの鉄道博物館でも感じたけど、ポーランド人の絵って暖かみが有って好感が持てるわ~。
暖かみの有る絵
 一番気になったのは薬局を再現した部屋ですが。ユダヤの白衣が活躍した部屋…。
薬局再現
 シナゴーグと博物館の向こうに馬の人が。観光用では無く個人的に飼ってるだけっぽい。
馬の人
 表通りに出る途中に在る清楚で可愛らしいヴィラ(リッチな別荘的宿泊施設)。
可愛い店が無いでも無い
 ああぼっちゃぁぁぁぁ~ん…Vv こうアピールしている所を見ると、バードウォッチャーには結構美味しい所なのかも。
ぼっちゃぁ~ん
 ヨーロッパでは夏鳥なので初夏だったら見られたかも…。
見たかった…
 前述した物とは別の周辺図。
周辺図
 シナゴーグからのルート。
シナゴーグからのルート
 正面に見えて来たのは三位一体教会@修復中。
ここが終点と思いきや…
 夜は会食が入ってるのでここでやる物かと思ったら、左に曲がって川を渡り始め…一体何処に行くんや?! ̄▽ ̄;
何処に連れて行かれるのか??
 (2)に続きます。

ポーランドIV(17)~ビャウィストク10<幸せの痕跡>~
【2018/05/17 20:00】 海外旅行
 ビャウィストクはエスペラント語の創始者・ザメンホフの出身地でここでも何度か取り上げて来ました。
 生家の在った場所はホテルのすぐ近くなのに初回は場所を勘違いして見そびれ、2回目の小さなザメンホフ公園で本人の像を見つけてそれで終わりかと思ったら、生家跡は公園から一寸離れた所だった事が判明。
ザメンホフ自宅跡
 んで3回目の今回漸くその生家跡に行って来ました。先ずはザメンホフ公園の胸像に御挨拶。
ザメンホフの胸像
 公演は傍をバスが通る割に賑やかな所に在りますが、生家跡はザメンホフ通りと言う裏路地で一寸判り難いです。地元民以外は知らないと気付かないのでは。
 尤も生家跡は単なる空き地です。保存の話も有ったのですがポーランドが旧ソ連から独立した頃で、それ所では無いと言う事で取り壊されたからです。
自宅自体は取り壊された
 空き地の前には生家の絵と説明板が設置されてます。 (実はこの写真は間違いで隣家だったらしい)
自宅の絵

ポーランド語だから読めない
 その代わり隣のアパートに御注目。
とある裏路地のアパート
 実はこの絵はザメンホフと深い因縁が有るのです。
家族の絵が描かれてある
 絵の下にはザメンホフの名が入ったレリーフ。
レリーフ
 まるでアパートの各階にザメンホフ一家が住んでるかの様です。
 息子さん…ではなく地元出身のヤコブ・シャピロと言う人とその友人だそうです。シャピロはエスペラント語を学び、ザメンホフ亡き後生家を博物館として保存しようとした物の資金難で頓挫、しかもナチスの侵攻で資料は散逸し、他のエスペラント仲間と共にガス室で亡くなりました。
幸せだったあの頃
 これはザメンホフ御本人。
あの家族は既に…
 子供と孫達…ではなく風船を上げる市民の様子だとか。因みにビャウィストクは気球で有名な街だそうで…佐賀市と同じですね♪
ホロコーストの犠牲にTДT;
 詳細についてはこちらを御覧下さい。
 とても幸せそうな絵ですがザメンホフ一家はユダヤ人で、御本人は戦前に亡くなってますが、3人のお子さんを含む家族はホロコーストの犠牲になってます。その様子は唯一生き残った孫の著書に詳しく書かれているそうです。

 ほのぼのとした絵もザメンホフが思い描いた心象風景かと思うと切ないですね…。

 次回はシンガポールの帰国報告をしてから『オプションは謎の場所(仮)』をお送りします。

ポーランドIV(15)~ビャウィストク8<怖いバスセンターが…>~
【2018/05/14 00:05】 海外旅行
*参考記事:    
ポーランド旅行記(12)~ビャウィストク駅<その2>
ポーランドII(5)~続ビャウィストク街歩き1~
ポーランドII(6)~続ビャウィストク街歩き2~
ポーランドII(7)~続ビャウィストク街歩き3~

 『Lonely Planet』と言う海外で評判の旅行ガイドを御存じでしょうか。その『POLAND』のビャウィストクの頁を開くと、「駅のバスセンターが怖い」と書いて有るそうです(笑)。
 その怖いバスセンターを見に(笑)例の1日乗車券を使ってビャウィストク駅までバスで行ったよと。
 駅舎の外観は以前と特に変わった様子は無いです。 
ビャウィストク駅舎
 ただ中のテナントが更に減ってる様な。2階に上がる階段傍の上(車の絵の部分)は相変わらず空き店舗。
2階は空き店舗のまま
 しかも2階奥の美容院?が無くなってます。2階は殆どテナントが無い状態?
美容院?が無くなってる
 ホームは大体何かしら列車が待機してます。これはローカル線の車両。
ローカル線の車両
 対する近郊区間用車両。近郊列車の新しさとは対照的に国鉄の古臭さは何とかならんのかねぇ。
近郊列車の車両
 …と思ったら国鉄の新型車両が!!
おお新型車両だ!
 新幹線みたいだ!! カッコイイ~!! 乗りた~い!! (実際帰る時に乗る訳ですが詳細は後日)
 旧社会主義を引きずったレトロな車両の多いポーランド国鉄も、近年漸く今時の車両が投入される様になりました。
カッコイイ~!!
 その新型車両を跨線橋から見た後、ふとバスセンターの方向に目をやると…ん?
…ん?
 何と!!あの怖いバスセンターが無くなってました!! しかも新しいバスセンターを建設中ではあーりませんか!!
そこに在った物が無い様な…
 手前の発着所のみ稼働中です。
バスセンターが…
 しかも何だかスタイリッシュになってる!!
無くなっていた!!
 前回潰れた店が復活した時は嬉しかったけど、あの怖いバスセンターが無くなったのは素直にショックだわ^^;
スタイリッシュにはなってるけども
 いやあのバスセンターのままでは怖い事は事実なので、この街が発展していくにはリニューアルは当然なんですけどね。

 バス繋がりでビャウィストクのハイテク技術を一寸御紹介。路線バス内に在るUSB充電器。バスに乗りながらスマホの充電が出来るのです!! 流石に日本の普通のバスにはこんなの未だ無いですよね? (もし有るなら教えて下さい)
バスの中のUSB端子
 リネク(市場広場)に在る一見フツーのベンチも…。
一見フツーのベンチに見えて…
 両端の光ってる黒い物体はUSB充電器です。
ここにもUSB!!
 しかも後ろは太陽電池。
裏は太陽電池
 このUSB端子付きベンチは普通に驚きました。こんな地方都市のさり気ない所にハイテクが盛り込まれております。恐らくビャウィストク工科大の関係者が開発されたのでしょう。
 ただ防水仕様ではなさそうなでの悪天候に絶えられるのかは一寸気になりました ̄▽ ̄;

 次回は『生物全般』に戻って『動物園』の予定です。




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