のよのよ in Zの悲劇?!
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出身:福岡県。長年住んだ出雲から佐賀へ移住の白衣好き主婦。
趣味:同人活動ではハーロックに原点回帰。(他にナノセイバー・恐竜惑星・ジーンダイバー)、ばんえい競馬、鳥関係全般、(科学者用)白衣等々。海外に行った時は旅行ネタ多目。


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ポーランドII(10)~続ビャウィストク街歩き6~
【2016/07/31 19:18】 海外旅行
 【ユダヤの痕跡】
 ワルシャワに戻る前に以前も行った旧市場跡に行ってみました。
ユダヤの痕跡地図
 広場の中心のこの小屋は前回も見ましたが結構目立ちます。
真中の小屋が目立つ
 ここで馬を繋いで物流を行っていた為、小屋にはその名残の馬具が飾ってあります。
馬を繋留していた名残
 この輪っかみたいなのが「がら」と言う馬具。
がらが飾ってある
 どうやって使うのかと言うとこんな風に首にかけて橇や馬車を引っ張ります。(写真は今年のばんえい記念)
これが「がら」
 小屋の前には近辺の案内板が有るのですが、ポーランド語だけだとサッパリですよ(苦笑)。(一応英語表記の案内板も別に有ります)
説明は有るがポーランド語なので解らん
 …さて、この小屋の向かい側に廃墟が在るのですが4年前と様子が違うぞ?
向かい側の廃墟
 以前は壁に写真なんて無かったんですがね。
4年前の廃墟
 この夥しい写真は…要するに犠牲になったユダヤ人達の物です。実はこの旧市場と言うのはユダヤ人地区に在った物で、19世紀半ばから1967年まで毎週木曜日に周辺の農民が商いに来ていたそうです。
 ビャウィストク・ゲットーの跡かと思いきやゲットーはもっと北部に在った様です。
ユダヤ人の様だ
 第二次大戦勃発時のビャウィストクの全人口12万人中、実に半分はユダヤ人だった為、ドイツがビャウィストクを占領した際に、ここでも大量虐殺とトレブリンカ送りと言う事態が起きたとの事です。(2つの廃墟の間にはこの写真以外にも説明板と思しき者が数点有りますが、如何せんポーランド語とヘブライ語なので何書いて有るかさっぱり解りません ̄▽ ̄;)
4年前は単なる廃墟だったのだが
 廃墟の間を抜けると単なる空地。
裏は空き地
 偶々前日地元のニュースでこの旧市場を報道してました。例の小屋。
地元のニュースでやっていた
 反対側から見るとこんなに空き地になってる様です。
反対側から見た様子
 小屋の英語表記付の周辺案内図。今居るのは10番、9番は現存するシナゴーグ(ユダヤ教の教会)、8番のシナゴーグ跡が近くに在るそうなので行ってみます。 
周辺案内図

抜粋
 団地の間に空き地にひっそりと残っているシナゴーグは、元は写真の通り立派な建物だったそうなのに、残っているのは歪んだ天井のドームの鉄骨のみ…。
看板と歪んだ鉄骨
 実はドイツ軍がビャウィストクを占拠した1941年6月27日に、中に2000人のユダヤ人を閉じ込めて生きたまま火を放ち虐殺した現場なのです。(貰ったガイドブックには約700人と有るのですがどちらが正しいの??)
実はシナゴーグ跡

昔はこんな建物だったらしい
 傍のこのモニュメントもユダヤ絡みの物だそうです。
傍のモニュメント
 団地の間にひっそりと祀られているのが余計に憐れさを誘いますね。

 さて、次回はいよいよワルシャワに戻り始めましょう。

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