のよのよ in Zの悲劇?!
鳥全般・海外旅行・ばんえい競馬・アニメ&漫画etc.…ニッチな情報提供も目指します。

最近の記事 ×

プロフィール ×

Pin

Author:Pin
出身:福岡県。長年住んだ出雲から佐賀へ移住の白衣好き主婦。
趣味:同人活動ではハーロックに原点回帰。(他にナノセイバー・恐竜惑星・ジーンダイバー)、ばんえい競馬、鳥関係全般、(科学者用)白衣等々。海外に行った時は旅行ネタ多目。


カテゴリー ×

月別アーカイブ ×

最近のコメント ×

最近のトラックバック ×

FC2カウンター ×

カレンダー ×
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

ブロとも申請フォーム ×

この人とブロともになる


ミュンヘンII(9)~ニュルンベルク2~DB博物館1~
【2016/10/17 20:45】 海外旅行
 DB博物館マップ日本語版。日本語ガイドを置いてる位だからそれなりに日本人も来るんでしょうね。
 3階は通信博物館になっておりチケットも共通ですが、DB博物館だけで疲れたので行っておりません(笑)。
3階は通信博物館
 このDB博物館、元はは1899年にバイエルン王立鉄道博物館として出来た物だそうで、ドイツでは最古の鉄道博物館です。今の建物は1925年に出来たそうだからドイツ博物館と同じ年ですが歴史的にはこちらの方が古いんですね。
 さて何故ニュルンベルクに鉄道博物館が在るのかと言うとドイツで初めて鉄道が通った街だからです。
 入ると先ずアドラー号と言う機関車を、1835年にジョージ&ロバート・スチーブンソン父子が走らせた時の再現映画を上映するブースが在ります。
ドイツに鉄道が走った時の再現映画
 父のジョージ・スチーブンソンは「鉄道の父」として有名なイギリス人ですが、息子と共にドイツにも技術指導で来てたんですね。
スチーブンソン
 1845年当時のドイツの鉄道網。
 尚、ポーランドは1772~95年にロシア・プロイセン(ドイツ)・オーストリアに割譲されて消滅していた時期で、大雑把にいうと北~西ポーランドは第二次大戦終了までドイツの領土だった為、この地図では現在のドイツよりも広くなってます。(ミュンヘンの後で行ったヴロツワフもこの頃はドイツ領)→詳細はこちら
ドイツの鉄道の変遷
 「1」と書いて有る様にニュルンベルクが最初ですよと。
最初に鉄道が走った
 ここに来る手前にこの様な車両が置いて有ります。イギリスのサウスヘットン (South Hetton) で使われていた1829年の石炭車で、イギリス以外で保存されてる物の中では最古の車両だそうです。
現存する最古の車両
 ルードヴィッヒ鉄道、つまりドイツ最古の鉄道の客車。敷設に関わったのは当時の国王・ルードヴィッヒ1世。因みに孫に当るルードヴィッヒ2世(ノイシュバンシュタイン城を造らせた人)のお召列車は別の所に置いてましてそりゃもう豪華絢爛です(後述)。
ルードヴィッヒ鉄道の客車
 アドラー号が走った時の様子を描いた物。周りの人がバンザイしたり子供が駆け回ったり、馬が入れ込んだりしていて歓迎ムードが漂ってますね。
 日本で横浜~新橋間に岡蒸気が走った時に相当しますが、日本の鉄道正式開業日は1872年10月14日なので大分後ですな。(だから10月14日は鉄道記念日、現在は「鉄道の日」と言う訳)
アドラー号が走った時の様子
 途中すっ飛ばして車両展示スペース。ドイツ最古の鉄道アドラー号と最新の鉄道ICEが並んで展示されてます。
ICEとアドラー号
 ただこのアドラー号はレプリカで(本物は1857年に廃車になっており現存してない模様)、ドイツ鉄道100周年記念と称して1935年に走行可能な状態で作られましたが、2005年10月17日の火災で損傷してしまい2007年に復元されてました。
 因みに火災現場は隣接する屋外スペースとは別の所だった為、博物館本館は難を逃れています。
中々カラフル
 そんでもって隣のICEも実は模型なんですよね。アドラー号との間隔が狭い為、横から撮れずに抜粋しましたが台車の部分がクリーム色っぽくて本来の素材では無い事からも判ります。
実はICEも模型
 この博物館にはドイツ鉄道史上最悪の鉄道死亡事故だった、エシェデ事故の事故車両を保存してあると聞いてたんですが、屋内にも屋外の分館にも無かったので一般公開してないか、或いは一部工事中で入れなかった所に置いてあると思われます。
 アドラー号の向かいには屋外分館に向かう線路(実際に走る時に使ってるらしい)が有りますが、そちらは後日に回す事にして屋内の紹介を続けます。
分館へ
 SLの構造を学ぼう~と言う事で半分ぶった切られたB型蒸気機関車NORDGAU号。
半分構造が見える仕様
 フェニックス号(左)とS 2/6型機関車。フェニックス号は1863年に製造された車両で、当時としては驚異の最高速度120km/hを出せたとか。
 一方S 2/6型機関車は1906年に高速試験用として1両だけ造られた試作機で、1907年ににミュンヘン-アウグスブルク間の速力試験では、客車4両を牽引して当時の世界最高速度154.5km/hを記録しており、1936年に05型蒸気機関車が200㎞/hを出すまでは世界一速い車両だったそうです。
別のSL
 S 2/6型のボイラー。石炭の投入口(丸い窓)が2つ在る事に注目。普通は1つしか無いんですが2人で作業していた分、他の機関車よりもパワーが出たんでしょうね。
 このS 2/6型を元にS 3/6型と言う機関車が造られてますが、展示してあった模型とやらは撮りそびれたみたいなので省略^^;
S 2/6型の内部
 前述のお召列車のコーナー。でかくてですね~一辺に撮れないんですよ ̄▽ ̄;
お召列車のコーナー

お召列車

お召列車後方
 流石お召列車なだけあって内部も豪華絢爛です。
内部1

内部2
 次回は戦時中の鉄道状況を中心にお送りします。ヒトラー縁の展示物がやたら多いので正直あまり良い気分はしませんが…。

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://noyonoyo.blog98.fc2.com/tb.php/1958-37b2ea75
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


サイドメニュー ×
メニューA  メニューB