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のよのよ in Zの悲劇?!
鳥全般・海外旅行・ばんえい競馬・アニメ&漫画etc.…ニッチな情報提供も目指します。

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出身:福岡県。長年住んだ出雲から佐賀へ移住の白衣好き主婦。
趣味:同人活動ではハーロックに原点回帰。(他にナノセイバー・恐竜惑星・ジーンダイバー)、ばんえい競馬、鳥関係全般、(科学者用)白衣等々。海外に行った時は旅行ネタ多目。


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ポーランドIV(19)~謎の観光ツアー(2)~
【2018/06/05 21:08】 海外旅行
 途中に在った道路標識「市街地の終わり」…ここから先、民家らしき物は殆ど在りませぬ。
市街地の終わり
 でも途中の小屋の上には…。
…あれは!!
 ぼっちゃん(シュバシコウ)の巣@使用済。
ぼっちゃんの巣
 それにしても遠い…シナゴーグから15分以上歩いとります…普通ならバスで移動する位の遠い…-Д-;
城までが…遠い!!
 20分以上歩いて漸くティコチン城到着。
ティコチン城到着
 ここにもぼっちゃんの巣が!! やはりここはぼっちゃんの支配圏だった~!! 初夏に来たかった…。
ここにもぼっちゃんの巣
 城門から中庭に入ります。
城の中庭に
 土産物屋にもぼっちゃんが。しかし脚が太いっすね。家のぼっちゃんの方が可愛いぞ。
土産物屋
 マグネットもぼっちゃんとバイソンがメイン。
土産物2
 結局これを買いました。2つで20PLN。
結局買った物
 先ず城の地下室へ。ティコチン城は元々リトアニアの貴族・政治家だった、ジョナス・ゴシュタウタスが1433年に建てた物でしたが、1560年代にゴシュタウタス家が途絶え、ポーランド王兼リトアニア大公のジグムンド2世の所有物になります。
地下室は資料室みたいな…
 兵器庫兼王の邸宅でもあったこの城は1611~1632年に建て直され城塞になる物の、戦争に翻弄された上に1734年の火事で暫く廃墟状態に。2005年に一部が漸く再建されました。
資料2

当時の衣裳とか
 ティコチン自体ポーランド・リトアニア連合分断後、プロイセン(旧ドイツ)→ロシアと所有権が何度も変わり、ポーランドに戻ったのは1815年。
 以後第二次大戦前までの人口は4~5000人でしたが、半数を占めたユダヤ人が根絶された為、現在は2000人と半減したそうです。
 歴代所有者とその一族の肖像画…と思われますが、ゴシュタウタス家やジグムンド2世由来かどうか良く判りません^^;
肖像画
 移動して塔の中へ。広場に置いて有った祭壇??の装飾が美しいです。
 後ろに写ってるのは城の解説係…だった気がしますが、殆どポーランド語しか話せない様で、英語解説は簡単に終わってしまった為、内容がこれまた解りませんでした ̄▽ ̄;
装飾が細かい
 ジグムント2世の肖像画ですかね? この人は3回結婚してますが2度妻に先立たれ、一族直系最後の男にも関わらず、結局世継ぎに恵まれないまま亡くなったそうです。
ジグムント2世の肖像画?
 塔から外を見た様子。
塔から外を見た様子
 城の一部はホテルになっており、ゆっくり静養したい人には結構人気が有るそうです。…周囲に殆ど建物が無い為、夜になると真っ暗ですが^^;
中庭
 日が暮れてから漸くレストランで会食。ウェルカムドリンクは柑橘系のウォッカ。日本では有り得ないチョイスでした。
飯テロ

飯テロ2
 しかし序盤で出たジュレック@ゆで卵&ソーセージ入りで、かなりお腹一杯になって仕舞い、残りの料理がろくに入りません ̄▽ ̄; 実際料理はかなり残ってしまいました。
ジュレックで腹一杯
 Iさんトラウマのピエロギも(笑)。
ピエロギも
 実は別の日にビャウィストクの方でもウェルカムパーティーが有ったんですが、主催者が私等日本人を気遣って「カンパイ(乾杯)」と言ってくれた以外は、殆ど内輪だけで盛り上がってる状態でしてな。
 この時も乾杯の音頭以外はそんな感じで、面識の無い殆どの招待客は時間を持て余しスマホを弄るしか無かったと言う…。
 ド田舎なのにFree-Wifiはしっかり入ってる辺り、ポーランドの意外なハイテク振りは実感しましたが、自分独りでは絶対行かない様な所に行けたとは言え、パーティー自体はぶっちゃけつまんなかったです ̄З ̄;
 ビャウィストクにはまた行く機会が有りそうですが、もうツアーには参加したくないっすな ̄▽ ̄;

 帰りは真っ暗だったんで写真は無し。工科大に戻ったのは22時半位でしたかな。
 丁度16番(ホテルに帰るのに一番便利な路線バス)が来て間に合わない…と思ったら、待ってくれて乗り込めた物の、街中の道路工事の影響で上りと下りのルートが違っていて降りるバス停に一寸戸惑う。
 しかもバス代払わずに降りてしまいました…スイマセン^^;

 次回は『ワルシャワへの帰途~新型車両登場(仮)~』をお送りします。色々有って滞りがちだったポーランドIVも後2回位で終わりそうです。
 終わったらシンガポールが待ってるぞ!!(笑)^^;

この記事に対するコメント
1815年か
1812年というチャイコフスキーを思い出してしまいました。
これの3年後に返還ですか……歴史だな~!
【2018/06/10 13:13】 URL | ラムネ #- [ 編集]

その後も翻弄されたポーランド
>ラムネさん
 ポーランドは再三国の地形が変わったり、他国に分割統合されて歴史から消えた事も有って、この後も波瀾万丈の運命を辿ります。

 個人的にはショパンの『革命のエチュード』を思い出しましたが、こちらは1831年だからもっと後の話ですね。

 この曲は11月蜂起と言う、ロシアのワルシャワ侵攻に対する革命が起きた時、遠くパリに居た上に体が弱くて参加出来なかったショパンの怒りを表現した…と言われてましたが、実はガセネタだったらしいです(…と、今知った ̄▽ ̄;)。
【2018/06/10 18:36】 URL | Pin@管理人 #j3GclXO2 [ 編集]

歴史あるあるだ(笑)
後世に伝わるモノっていろいろ脚色されまくるからな~まぁそれが歴史の醍醐味でもあるのですが(笑)。
隠されているワケじゃないけど、人は見たいモノしか見ない生き物なんだな~としみじみしてしまう。
【2018/06/11 19:28】 URL | ラムネ #- [ 編集]

美化と捏造と
>ラムネさん
 何しろとっくに亡くなってる人だから真実は既に闇の中だし、美化したり尾ひれをつけて伝わるのは良く有る話ですよねぇ ̄▽ ̄;

 偉人・聖人君子と言われている人の中身も本当はどうなんだか(笑)。
【2018/06/12 10:57】 URL | Pin@管理人 #j3GclXO2 [ 編集]


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