のよのよ in Zの悲劇?!
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出身:福岡県。長年住んだ出雲から佐賀へ移住の白衣好き主婦。
趣味:同人活動ではハーロックに原点回帰。(他にナノセイバー・恐竜惑星・ジーンダイバー)、ばんえい競馬、鳥関係全般、(科学者用)白衣等々。海外に行った時は旅行ネタ多目。


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ブリスベンIV(11)~市庁舎の中~
【2018/01/11 18:18】 海外旅行
 昼のブリスベン市庁舎。1971年にシドニーのオペラハウスが出来るまでは、オーストラリアで一番建築費がかかった建物だそうで。
市の数だけ市庁舎が在る
 この市庁舎の中の妖しさ(笑)は以前も紹介してますが、ブランクが長かったので以前の旅行記を確認したらブリスベンIIIは6回で終わっていたらしい(笑)^^; 内容の濃さは4回目の方が上と自負してますがね(笑)。
 
 市庁舎の上の階にはブリスベン歴史博物館兼美術館が在り無料開放されてます。クイーンズランド博物館と言いブリスベン市は結構太っ腹ですね。
 本当は時計台から街並みを見たかったんですが生憎ツアーに参加しないと駄目みたいです。
上は博物館になってる
 何故か入ってすぐに浮世絵風の絵が飾られてます。振り向いてる女性(作者?)は元々写ってるので無断で赤の他人を撮った訳では有りません ̄▽ ̄;
何故日本風
  ブリスベン市がどうやって出来たかとか、産業や交通の変遷、民族比等々について解説して有ります。
市の歴史とか諸々を紹介
 美術館ペースの一部。英語で書いてるから良く見てないけど作者は皆ブリスベン市民…の筈。
美術館風でも有る
 ブリスベンのDNAのコーナー。
ブリスベンのDNA
 1%に始まり1%ずつ増えて行って、ブリスベン度100%の方までの顔と名前が晒されて紹介されています。
1%から1つずつ増えて行く
 何を以って100%なんでしょうね。この人はアボリジニっぽいけど隣の99%の女性は白人だし、年齢もバラバラだし特に民族的な意味は無さそう。「ブリスベン生まれブリスベン育ち」にしても1%ずつ変える根拠が判りません ̄▽ ̄;
最後はブリスベン100%のお方
 街の中心を流れるブリスベン川は実はこんな風に蛇行し捲ってます。(往きの飛行機から見た所、この様な蛇行した川が幾つも有る模様)
本当に曲がりくねった川だ
 この為再三水害に遭っておりその時の写真も何点か貼られていました。
度々水害に悩まされた…
 何年の写真か判らないのですがブリスベンの大水害と言えば、2010年末~2011年1月を思い出します。
昔の水害の様子
 こちらはカラー且つ動画なのでもっと時代が新しい筈。(1974年?)
その後も水害
 尚、嘗てはブリスベンも結構なトラムの街で、最盛期にはこれだけの路線が走ってましたが1969年に全廃されてます。
最盛期の路線

嘗てはトラムも走っていた
 廃止の理由は赤字とか交通網の整備も有ったんでしょうが、1962年の倉庫の大火災で67車両も焼失した事が止めを刺した様です。
車庫大火災…
 今では当時の面影ナッシングかと思ったら郊外にトラム博物館が在る事が判明しました。
 Ferny Grove線の終点Ferny Grove駅から徒歩10分程度の所に在りますが、困った事に営業時間が日曜の12:30~16:00のみ、しかも雨天は閉館と言う中々行き辛い博物館なんですよね~。団体なら予約すれば随時開けてくれるそうですが。
 そーゆー敷居の高い交通博物館はドイツにも結構在りましたな ̄▽ ̄;

 ブリスベンの変遷を映像化した上映コーナーでは、1988年に開催されたブリスベン国際レジャー博覧会の様子も出て来ます。如何せんこの博覧祭の資料があまり見つからないので詳細は良く解りませんが。
ブリスベン博覧祭の会場
 会場内を行き来する為のモノレールも有ったそうで。
開催中のモノレールの様子
 ブリスベン川の反対側から見た会場の様子。この跡地がサウスバンク。昔は博覧祭の名残の展示物が幾つか在った様ですが、2011年の水害で流された為撤去されてしまいました。
今はサウスバンクになってる
 1階に有る市庁舎建設の詳細。
市庁舎の変遷
 1920年から1930年のにかけて建てられたそうですが何故か費用の単位が£。確かに元イギリス領ですが当時は未だ豪ドルがなかったりしたんすか??
こんな風に作られた
 完成当時の外観。実は現市庁舎は移転しているらしいのですが、旧市庁舎の場所を探しても良く解らず ̄▽ ̄;
旧市庁舎の写真
 更に2010年~2012年には内部の改装工事で閉館してました。
老朽化したので中をリノベーション
 そう言えばブリスベンII(2010年)当時、市庁舎の周りが壁に囲まれてこんな貼り紙してましたわ…。一時的にアン・ストリートに仮市庁舎を移転していた模様。
工事中の貼り紙
 記念写真(笑)で解り難いけど矢印の辺りが工事中の囲いだった様な…。
下の方に囲いが在る
 と言う事はこの妖しげな中央ホールの照明も改装後になったんですかね?(笑)
妖しいのに美しい…

美しい…
 とは言え妖しいのはこの中央ホールのみで、他の装飾は白を基調として清楚さがとても美しいんですけどね。
廊下の壁も清潔感有る

清楚で美しい
 日本の市庁舎でこんな風に味の有る内装してる所って在るんでしょうか?
中央ロビー
 では最後は夜の市庁舎からお送りしましょう。
夜の市庁舎
 …次回漸く最終回『土産&総括(仮)』。

 待ってろよ!!ポーランドIV!!(笑)^^;

ブリスベンIV(10)~ローマ・ストリート・パークランド3~
【2018/01/08 00:05】 海外旅行
*参考記事
 ブリスベンIV(8)~ローマ・ストリート・パークランド1~
 ブリスベンIV(9)~ローマ・ストリート・パークランド2~

 寒中お見舞い申し上げます。…と言う事で本日から更新再開します。
 何度か言ってますがこの公園は急坂の途中に在るので慣れないと歩く時は注意を要します。
結構急坂
 市立植物園同様街中に在る為、公園の周囲は高層ビルが立ち並びます。
 こんな街中に広大な公園が在るとは実に羨ましいですな~´▽` 
周囲に高層ビル
 これはオーストラリアヅルの像。多分実物大。ただこの公園に本種が来るかどうかは不明です。
 ここで見た鳥については『オーストラリアの鳥』シリーズで紹介する…つもりですが、メルボルン(2013年)から保留中ですからねぇ~ ̄▽ ̄; ポーランドIVが終わらないと多分出来ないでしょうなぁ。
 んで終わる頃にはシンガポールが迫ってて更に保留されそうな予感^^;
オーストラリアツルの像
 一応ここで見た鳥を纏めておきます。この中に初めて見た鳥が2種入ってますが解るかな~?(笑)
 この公園の実力はこんな物では有りません。普段見かけるだけでも35種類以上居るらしいです。悲しい哉、8月上旬(向こうでは真冬)はイマイチ野鳥観察に向いてない様なので時期をずらして訪れてみたいですね。
 …ただ困った事に近年学会がこの時期になった様ですからなぁ~ ̄З ̄;
公園で見た鳥
 この公園ではSLが走ると聞いてましたが実際は「なんちゃってSL」です ̄▽ ̄; この時は試運転中だったらしく乗客は居ませんでした。
なんちゃってSL
 SLを見たのは公園中央のインフォメーションセンターの辺りで、そこからスペクタクルガーデンと言う花壇に入れます。
スペクタクル…

中に入ると…
 う~ん派手(笑)。
何気に派手
 入っただけでは判り難いですが実は結構複雑な経路になってます。
眼鏡風花壇

複雑な経路
 花壇に付いている「コリン・キャンベル」と言うのはここの設営に関わった人らしいです。
功労者のレリーフ
 インフォメーションを挟んでスペクタクルガーデンのほぼ向かいの、セレブレーション・ローンは直訳すると「お祝い芝生」なので、結婚式とかめでたい時に使われるんでしょうね。
お祝い芝生
 しかも右横には人工の滝まで有ります。
滝まで有る
 丁度天気も良かったので色々目の保養になりましたよ。こんな公園が街中に在るなんて何て羨ま…けしからん!!(笑) 

 …と言う事でこの項目はここで終わり、次回はブリスベンIV最終回『市庁舎の中(仮)』の予定です。
 あ~でも土産関係は別途記事にするかも。

ブリスベンIV(9)~ローマ・ストリート・パークランド2~
【2017/11/16 21:40】 海外旅行
【戦争メモリアル】
 実際に行ったルート再掲。(2回目参照)
実際に行ったルート
 何故こんな所から入ったのかと言うと、無料バスSpring Hill Loop最寄バス停(Bradley Park)から一番近い出入り口だからです。(次のChancellor on the parkからだと坂の途中から入る事になる)

 すると右手に記念碑のコーナーが見えるんですよね。折角なので入ってみると先ず目についたのはこの白い十字架の有る記念碑。
記念碑1
 1941年の王立オーストラリア海軍のトブルク包囲戦の慰霊碑です。
トブルク包囲戦

トブルク包囲戦2
 トブルクはリビア東部の地中海側の街ですが、第二次大戦中は要塞都市で有り、連合軍(英連邦・米・自由フランス)と枢軸国(独・伊・仏)の争奪戦の場になってます。
 1941年4月10日、トブルクに駐屯していたオーストラリア第6師団が枢軸国に包囲されますが、第9師団やイギリス・ポーランド軍の支援を受け、多数の犠牲者を出しながらも7カ月に渡って駐屯地を守り抜きました。
 トブルク包囲戦解説
 そんなオーストラリア軍をドイツ人のホーホー卿(ウィリアム・ジョイス)が、自給自足の捕虜…「トブルクのねずみ(Rats of Tobruk)」と馬鹿にするのですが、オーストラリア的には勇敢に駐屯地を守った証しとして、寧ろ褒め言葉として使われる様になりました。
トブルクのネズミ3
 記念碑に有るもう1つの「トブルクのネズミ」の紋章。「降伏はしない(NO SURRNDER)」から感じられる強い意志と誇り。
 「トブルクのネズミ協会」は戦後、復員兵達がメルボルンに設立したそうです。
トブルクのネズミ
 さてここにはもう1つ記念碑が有るのですがこちらはベトナム戦争の物です。
ベトナム戦争正面
 レリーフ拡大。
ベトナム戦争レリーフ
 オーストラリアは南ベトナム側として参戦しましたが、かなりの死傷者を出した上1975年に北ベトナムが勝利。オーストラリア政府は難民移住計画に同意し、1975~85年に9万人以上のベトナム難民が移住して来てます。
 今では移住した1世よりもオーストラリアで産まれた2世以降の人口の方が多くなってます。ただ大半がシドニーやメルボルンに集中しているそうなので、ブリスベンにどれ位居るのか判りません。
ベトナム戦争解説
 戦争記念碑のついでに場所は変わりますがアンザック広場についても述べておきます。
 セントラル駅の向かいに有る神殿風の丸い建物が目印。
アンザック広場
 静かに燃える慰霊の火。
慰霊碑
 こちらは第一次大戦のガリポリの戦いの犠牲者の慰霊碑です。
 オーストラリアとニュージーランド軍団(アンザック軍)は、イギリス連合軍として初の本格的海外参戦した物の、結果的にトルコ軍に敗北し多大な犠牲者を出しました。
 上陸作戦の始まったのが1915年4月25日なので、以後この日はアンザックデーと言う国民の休日に制定されました。
慰霊碑拡大
 因みに慰霊碑の下からもセントラル駅に行けます。
下から駅にも行ける
 この広場は公園として整備されてますが、アンザック軍以外にも戦争記念碑が有るんですよね。
 ベトナム戦争関連。
またベトナム戦争

角度を変えて見た
 プレートは2枚有りますが下の方がかなり読み難くなってるので新たに設置した様です。
作り直した模様

こちらも読み難い
 更にこちらは朝鮮戦争の物の様です。
朝鮮戦争記念碑
 こちらもプレートを作り直したみたいですね。
上のプレートは作り直したか?

下は読み難い
 これは…プレートが欠けてるので良く解りませんがアボリジニ関連の様です。(…今気づいたけど裏手にプレート有りましたな^^;)
こちらはアボリジニか?
 白豪主義でアボリジニが迫害された反省の碑と思いきや、負傷兵をアボリジニが助けて代わりの兵士が戦地に赴く様子を模してます。 
別角度から
 このアンザック広場も坂の途中に在り、セントラル駅の反対側の方が街の中心部になってます。
下から見たアンザック広場
 広場のプレートもこちら側なのでセントラル駅の方は裏口なんですね。「オーストラリア英連邦軍」か…しかし「Q」が抜けてますがな(笑)。
これも下から
 それにしても戦争慰霊碑の多い街ですな…。
 次回は普通にローマ・ストリートパークランドの他の所を紹介します。

 ここでアンザック広場を取り上げたし残るネタは鳥関係を除けば市庁舎の中位でしょうか。
 今月中にはポーランドIVに行けそうだけど年内には終わらんでしょうねぇ^^;

ブリスベンIV(8)~ローマ・ストリート・パークランド1~
【2017/10/31 23:55】 海外旅行
 公式サイト
 園内マップ

 ローマ・ストリート・パークランドはローマ・ストリート駅の北側に位置し、旧貨物駅跡地と丘を整備した16ヘクタールの広大な公園です。クイーンズランド工科大付属植物園と共にブリスベンの街中に在り、どちらも市民の憩いの地となってます。
 丘が結構急なので上り下りは結構きつい…。
結構な坂
 2年前も一寸寄ってますが、今回は到着日(8/5)と帰国前日(8/8)の2回行っており、最初は駅側から2回目は上から入ってます。
 駅側の方がと平地&街中と言う事も有りアプローチし易いかと。派手な看板が目印…と言いたいですが、イベント案内用みたいなので何も無い時は真っ新かカバーをかけるかしてるのかも??
下の入口
 門から入った所に在る地図を見て行きたい方向にどうぞ~。
地図をチェック
 この時はそのまま公園に入らずに、ダンナの気紛れで線路の下のトンネルを潜って行ってます。因みにこのトンネルの壁には自然をテーマにした絵が描かれてます。公園の中をイメージしてるんですかね?
壁に絵が描かれている
 トンネルを抜けて左手に曲がるとローマ・ストリート駅の裏手。
ローマ・ストリート駅
 駅を利用するなら裏口のエスカレーター&階段で行けば良いのですが、それ以外は迂回せざるを得ないんですよね。
エスカレーターで登る手もアリ
 どちらにせよ岩盤にぶつかるのでスパッと行けないのが一寸面倒。
岩盤…
 普通に入ろうとすると手前にズラ~ッとレリーフが貼られている壁に遭遇します。(…が、初回はそこまで行かずに右手に曲がってます)
クイーンズランド政府表彰者
 これは「クイーンズランド・グレート」と言う物で、クイーンズランド政府から表彰された偉人を讃えるモニュメントだそうです。
政府のお墨付き
 レリーフはこんな感じ。「政府の紋章・表彰者名・表彰理由・表彰年」の順で刻まれてます。
レリーフ詳細
 何しろ毎年表彰されるもんだから最初の壁だけでは足りなくなって斜め前にも壁が出来てます。
偉人は増える一方
 しかも更に使いかけの壁も出来てるし。これが一杯になる日もそう遠くないのでは。
更に追加の壁
 …では入りますか…と言いたい所ですが中の様子は次回に回して、時系列の関係上以前紹介したガンジー像について先に語らせて戴きます。
 何しろ1回目と2回目で全くルートが違うんで一辺に語るのは無理が有るのです ̄▽ ̄;
実際に行ったルート
 この図の様に2回目は上から入って一通り見てから、最後の方で漸くこのレリーフ群を見てるんですよ。 
 その後無料バスに乗る為に再び上ったら途中にこのガンジー像がいらっしゃったと。
ガンジーの像
 このガンジー像はインドのモディ首相がブリスベンを訪問した記念に建てた物です。(…と、この写真に書いてます)
インドの首相訪問記念
 最初何故置いて有るのか判らなかった為、「ガンジー像 オーストラリア」等々で検索したんですが、結構色んな国の色んな街にガンジー像が有るらしいです。
 しかも(ザッと探した範囲では)全員が「何故ここにガンジーが??」と言ってるのが面白い(笑)。
 恐らくブリスベン同様の理由で設置しただけで、ガンジー自身がを訪問した場所はそんなに無いのでは…(確証無)。

 更にこの公園は別途モニュメントが集結している「メモリアルコーナー」が有りまして、2回目にいきなり見てるんですが、基本戦争絡みで説明が大変なので次回に続く(苦笑)。
 アンザック広場もモニュメントが多いし関係してるかも。(要確認)

ブリスベンIV(7)~交通事情の変遷3~
【2017/10/28 22:10】 海外旅行
<カランビン方面バス路線の変化>
 バスは緑と黄色の車両を見かけますが形式は統一されていません。実はトランスリンクは会社名では無く、クイーンズランド州の交通機関の組合みたいな物なので、色んな会社が運行しているからです。
黄色のバス
 個人的には緑のイメージが強いのですが、そう言えば黄色でカランビン行った事も有りましたな。
緑のバス
 …さて、カランビンに行くバスは私の知る限りでは3回変わってます。
 2007年当時はゴールドコースト線がロビーナまでしか無かった為、ロビーナ駅から765番のバスが発着してました。
 下の図を見ると判りますがこの時点で既にヴァーシティ・レイクスもルートに入ってますね。延伸計画は決まっていた筈だから将来を見越してのルートと思われます。 (因みに延伸工事は2007年10月かららしいのでこの時点では気づかなかった)
2007年当時の路線
 2009年にヴァーシティ・レイクスまで延伸すると、ロビーナ駅とヴァーシティ・レイクス駅のどちらからでも乗れる様になり路線番号が761番に変わります。 
2010年当時761番
 761番のバス内から見たヴァーシティ・レイクス駅。この時は行きはロビーナ、帰りはこの駅を利用してます。(カップルがホームで思いっ切りイチャついていた^^;)
ヴァーシティ・レイクス駅
 しかも途中The Pinesと言うショッピングセンターを経由する様になり現在の路線に近くなります。
2010年当時の路線
 このThe Pinesはバスで通っただけですがかなり大きなショッピングセンターなので、周辺の住民はここに来れば大抵の物は揃うと思われます。
The Pines
 一旦中に入りマクドナルドの横を通って再び大通りへ…。
途中ショッピングセンターを通る様に
 現在は760番がロビーナ駅手前のロビーナ・タウンセンター発着、ヴァーシティ・レイクス駅経由に変わり、ロビーナ駅からの直行便は無くなってしまったと。
 *正確な時期は判りませんが2014年以降の様です。
現行路線
 将来的にゴールドコースト線はゴールドコースト空港を抜けて、クーランガッタまで延伸する事になってるので、現在の路線も暫定的な物では無いですかね。更にカランビンに近い駅から発着したりして…。 (前述のThe Pinesの在るエラノア地区に駅を作る可能性が有るそうです)
 さて、何れの路線もカランビンのバス停は横の通りに有るバス停から発着してます。行きは一旦通り過ぎるので降りてから戻らねばなりません。
カランビンバス停位置
 …が、今回は殆ど正門前に停まった…記憶が…?? 帰りは何時もと同じでしたけど大抵の客はここで降りるでしょうから、サービスで手前に停めてくれるんですかねぇ? (その後ちゃんとバス停にも停まると思うけど…)
殆ど目の前で降りた
 初回の2007年の時はバスを降りて路を横切った途端、隣の民家の庭にわらわらさんが居て喜んだ物でした>▽</
民家に居たわらわらさんズ
 そう、カランビンの隣って普通の住宅街なんですよ。園内の汽車に乗るとメインステーション付近でこの様な光景が…。ギリギリやん!!(笑)
隣りは住宅
 すぐ隣で鳥が沢山やって来て自宅にも訪れるとは…何とも羨ましい環境…ここがパラダイスか!!

 以上で交通機関関係は終わります。次回は…ローマストリート・パークランド辺り? (未だ決めてない(笑)^^;)

ブリスベンIV(6)~交通事情の変遷2~
【2017/10/26 00:21】 海外旅行
<市内バス関連~消えた巡回バス?~>
 嘗てはトラムも走っていたブリスベンは今や結構なバスの街で、街中に行くと色んな路線のバスが引っ切り無しに行き交います。
 特にクイーンズランド博物館前のCultural Centreから、ビクトリア橋を渡ってクイーン・ストリートまでのルートは夜になってもバスが列をなしてます。
バスがズンズカ走って行く
 南(クイーンズランド博物館側)から見たビクトリア橋を行き交うバスの様子。
ブリスベン川を渡るバスの列
 しかしクイーン・ストリートは歩行者天国状態でとてもバスが走れる程の道幅は有りません。…が、心配御無用。バスステーションは地下に在るので橋を渡った先で路の下に潜ってしまいます。
 写真では地下から出て来るバスしか写っていませんが、オーストラリアは日本同様車は左側通行(実は人も左側通行)なので、タイミングが合えば潜って行くバスが見られます。
バスステーションは地下
 尚、バスステーションの詳しい構造は公式サイトを参照下さい。

 【2007年8月+2010年9月当時】
 『地球の歩き方 '07~'08』より抜粋。ここの料金表はゾーン5までしか載ってませんが、寧ろ注目すべきは左端のバスの方。
2007年当時のバスの種類
 一番上のバスは見た記憶が有りません。既に今の路線バスと同様の配色の車両ばかりでした。路線によっては有ったのかも知れませんが詳細不明。
2007年時点で既に今と同じ配色 
 フリーループと言う無料バスは当時は赤だけでした…が、平日の朝~夕方までしか走ってない為、意外と目にする機会が無くてですね。2007年の写真が無かったので2010年Ver.で。
 2007年当時は「Free Loop」だったのが、2010年には「The Loop」に名前が変わってますが路線番号は表示されていません。
The Loop 2010年
 標準色と並ぶと赤い色が際立って綺麗ですね。
当時は赤い車両ばかりだった?
 3つ目の青いシティサイツ。
シティサイツ時刻表
 これはブリスベン市内の観光地を巡回するバスで、当日ならバス停間を自由に乗り降り可能なので効率良く市内観光が出来ると言う代物です。
路線図
 あくまでも観光用なので夕方までには終わってしまいますけどね。
時刻表詳細
 初めて見たシティサイツ。
在りし日のシテイサイツ
 横のイラストも楽しげですが生憎乗る機会無。…これがこのバスとの今生の別れになるとは…。
楽しげなイラスト付
 このバスは通常の路線バスと違い専用の切符(大人AUD20)を別途購入する必要が有ります。
 んで、今回行った時全く見かけないと思ってたんですが、 Brisbane Explorerと言う赤い二階建てバスにバージョンアップした物の、今年の4/11に廃止になったそうでして…。
 廃止の理由は利用者減による赤字って所なんでしょうが、効率良く観光出来る様でいて意外と使い勝手が悪かったんでしょうか? 何と無くgo cardの普及に伴って廃れて行った気が…??

【2015年8月当時】
 偶々見かけた1000台記念バス。
1000号記念バス
 「1000台のバスが満員で走れば40000台の車が減らせる」…と言う事で、バス路線を整備すれば車が減って交通渋滞が緩和されるよと。更に排ガスやガソリン消費量も減って地球にも優しいね☆
1000号記念抜粋
 しかしこの時はZ先生の車に乗せて戴いたり、フェリーの方を優先した為あまりネタは有りません(笑)。

【2017年8月当時】
 ブリスベンは線路の北側が結構な急坂になってるんですが、生憎ホテルがその急坂の方だったので、正直徒歩だと結構脚に来ますTДT;
 そこでバスで移動出来ないかと探していたら、無料バスで坂を中心に走る30番が在るのを知ったと言う…。
 何時の間に増えたんだ?!と思ったら実は2009年には既に有ったそうで^^; 何故今まで知らなかったかと言うと単に縁が無かったからです(笑)。
 30番は正確にはSpring Hill Loopと言い、街の中心部を走る元のFree Loopと違い、坂の上の住民の利便を図った路線と言えます。
 観光地と言えるのはローマ・ストリートパークとオールドウィンドミル位ですからね…多分。
 30番の停車するバス停はこの様に黄色が目印です。
30番専用バス停
 因みに普通のバス停は青。
普通のバス停
 30番の交差する辺りの詳細ルートを記した路線図。ややこしいけど一方通行なので乗降するバス停を予め把握しておかないと、目の前でバスが曲がって行ったり降りそびれたりしますぜ^^;
路線図2
 そんでもってやって来た30番。正面の配色は一般的なバスと変わりません。
やって来た30番
 でも横はこの路線専用の仕様になってます。
30番の横
 高層ビルに混じってオールドウィンドミルも描かれてます。
周辺施設の絵が描かれている
 中はこんな感じ。go cardの読み取り機が一応設置されてますが無料なので稼働していません。
中はこんな感じ
 この時はローマ・ストリートパークに行ったんですが、その話は後日に回すとして折角だからこのバスで街中まで出る事にしました。
30番で街中へ
 セントラル駅で降りて今度は赤い車両の40番に乗ります。何故乗り換えるかと言うと30番では本当の中心部まで行かないからです。
 街中を走るCity centre free loopsは時計回りが40番、反時計回りが50番になってますが、一方通行の区間を通る関係上、大半のルートが被ってないので要注意です。
 赤の方のバス停はその通り赤い色が目印。
次は赤い路線で
 …しかし来たのは普通の配色のバス…??
普通の配色の40番
 その後に乗った50番も普通色だしσ('、`)?
50番も普通色
 一応赤いバスも走ってるそうですが、便が増えて足りなくなったので普通色で代用しているらしいです。…と言う事でバスの色で判断せず、路線番号(30・40・50)や「Free」「Loop」と書かれているか確認しましょう。

 ついでに未だ乗った事は無いですがCityGliderと言うバスも良く見かけます。
 青が60番、茶色(マルーン)が61番でフクロモモンガのマークが目印です。
シティグライダー青

シティグライダー
 ちゃんとヘルメット被ってます。
フクロモモンガは可愛い
 2つ合わせると街中をクロスする様に走り、沿線住民の買い物や通勤通学に便利。バス停傍に設置されたレンタサイクルと提携し、交通渋滞の緩和に役立っているそうです。ビクトリア橋付近では路線が被ってる為、この辺では両方見かけます。
 多々し本来通勤通学用路線なのでプリペイド形式になっており、乗る時にチケットを買う事は出来ません。(go cardは利用可能)

 次回は交通事情シリーズ最終回『カランビン周辺』をお送りします。

 余談ですがメルボルンにはCity Circleと言う無料トラムが走ってますが、今はCBD(市の中心部)全区間が無料になってます。
 CBDから出る区間を乗る時はmykiをリーダーに読ませておけば、CBDを出た所から運賃計算してくれるんだそうで。
 従ってCBD内をうろつく分にはmykiの残高を気にする必要は有りません。これはメルボルン観光にはかなりの追い風になるでしょうね。
 …今度何時行く機会があるか解りませんが、次が有ったら野生のフェアリーペンギンを見るんだい!! ̄▽ ̄;

ブリスベンIV(5)~交通事情の変遷1~
【2017/10/17 11:32】 海外旅行
 今年はブリスベンに行って10周年なので、数回に分けて10年間の間に感じた交通機関の変遷について語ろうと思います。但しキリが無いので基本は自分が体験した範囲に限らせて戴きます。

<切符と鉄道関連>
【2007年8月当時】
 先ずは切符について。当時は紙の切符しか無くコンビニで1日乗車券を買ったりも出来ました。
 とは言え普通はブリスベン空港で先ず切符を買う事になるでしょう。当時の切符売り場の様子。
切符売り場
 どうやら当時は未だ改札が整備されてなかったらしく未だに切符が手元に有るよと。
改札は特に無?
 ただ全くのレシートなんで感熱紙に印刷した方は流石に文字が飛んでますね^^; 右の無事な方は昔風のザラザラの上質紙っぽい紙だから10年経ってもこんなに鮮やか!!
 「AIRTRAIN」と有る様にエアポート線は専用の用紙を使っていた様です。
左半分は感熱紙
 裏面の様子。エアポート線以外は切符の注意書きと時々宣伝が入る程度。
裏面
 ピンボケですが上のエアポート線切符を買った直後の様子。
勝った直後の切符
 2007年当時のゾーン別料金表。ゾーン23までありローンパインは2、カランビンは17でした。オフピークの割引は既に導入されてましたが、当時はTen Trip Saver(10 trip)と言う10回数券も有りました。
 尚、この料金表はクイーンストリートモールのインフォメセンターで貰った物ですが、以後は殆どネットで情報収集している為、現在どの様なレイアウトなのか知りません。
200年当時のソーン料金表
 鉄道の方はエアポート&ゴールドコースト線しか乗ってませんが、今よりは古いタイプの車両が主体でした。
 ローマ・ストリート駅にて。
鉄道車両2007
 サウスバンク駅にて。車両番号から判断するに多分こちらの方が古いかと。
鉄道車両2007-2

【2010年9月当時】 
 2008年にgo cardが導入された物の当時は未だあまり普及してなかった様で、インフォメセンターでスタッフのお姉ちゃんから、「旅行者は払い戻しが面倒だから買わなくても良いですよ」と勧められなかった位(笑)。
 ローマ・ストリート駅にて。既にgo card対応の自動改札も導入されてましたが、操作をミスる人が続出していたのか駅員が待機してます。
駅員が待機
 当然前回同様コンビニで紙のチケットを購入してました。同じ感熱紙なのに奇跡的に1枚は未だに無事。
奇跡的に1枚無事だった
 消えてる方のコントラストを無理矢理調整。カランビンに行った時の一日乗車券ですな。2007年はゾーン17だったのが15に変わってますが、これは単にローマ・ストリート駅ではロビーナまでの切符しか買えず、ロビーナ~カランビン間はバスで別途買ってるからです。
無理やりコントラスト調整
 無事な方は鉄道博物館(近隣の市に在るらしい)の宣伝ですが、消えてる方はgo cardの宣伝ばかりっすね(笑)。
 同じ紙質の様に思えたけど印字にこんなに差が出ると言う事は、go cardの宣伝付の方が新しい=消え易いんでしょうな。
裏面
 鉄道車両は新旧車両が混在しており入れ替わりつつある段階だった様です。
新型車両
 路線によっては未だこう言う車両も走ってました。
未だこう言う車両も走っていた 
 当時のゾーン及び料金表。go cardと紙で料金差が出て来てます。数字が大きくなるにつれてその差も大きくなっており、要するにgo card切り替えを推進していたと。インフォメのお姉ちゃんには勧められなかったけど(笑)。
2010年当時のゾーン別料金表
【2015年8月当時】
 今とあまり変わって無かった様な…。既に大半がgo cardになっており、紙切符との金額差が大きくてどうしたもんかと思ってたら、お世話になったZ先生が奥様の分のカードも貸して下さったし。
 鉄道車両も新型に殆ど入れ替え済だったかな。
2015年当時の車両
 ただ帰国時に空港に戻る為に買った切符は、クイーンストリートモールの売店だったせいか、これまでに比べると一寸リッチな仕様でした。(行きはZ先生が車でお迎えして下さったので切符利用無)
売店で買った切符
 裏面。現物が残ってないので改札で回収された模様。この切符は今でも変わって無いかも知れません。
裏面
 多分この時点で前述した様にヴァーシティ・レイクス駅以降の延伸工事は始めていたと思われます。

【2017年8月当時(最新版)】
空港駅2017
 遂に自前でgo card導入…。5日間有効の200AUDチャージ済と言うタイプも有るそうですが、そこまで使う事も有るまいと最初は普通に50AUDチャージしておきました。
 足りなくなって途中でまたチャージする事になるんですが、ブリスベンは今後来る機会も有りそうなので残った分は次回に回せるよと。
 一日乗車券が無くなったのは地道に痛いけど、普段使う人には乗れば乗る程お得になる仕様では有ります。

 尚、以前は「月~日」の1週間で9回以上利用すると10回目以降は無料だったのですが、2017年からは「10回目以降無料」が廃止な代わりに、平日の運賃が値下げ且つ「9回目から半額」に変更になった様です。(→詳細
改札表側
 ただ10AUDはデポジットとして引かれる上に、エアポート線が片道18AUDもするんで初っ端で半分以上無くなると言う^^; 
 基本エアポート線は電車にせよバスにせよ特別料金な国が多いですね。通常料金なのは私の知る限りではポーランド位かも。
すぐに半分以上無くなる^^;
 車両形式は2015年と変わっていませんが大きく変わった点が1つ。(但し路線によっては未だに旧型車両が走ってる模様)
一見車両の型は同じだが…
 車両にFree Wi-Fiの導入!! …実は2015年の時点で既に入り始めてはいたんですが、有ったり無かったりしたのが新型車両全部?が使える様になりました。(旧型は未確認だけど入って無いのでは…?)
 2010年頃のオーストラリアのネット環境は通信制限がきつくてですね…。何故か時間制では無く従量制だったんですよ。しかも結構高いし一寸動画観ただけですぐに容量オーバーになるんで、ホテルでは代わりにケーブルTVの繋駕速歩ばかり観ていたと言う…。
 2015年時点でホテルの繋ぎ放題はかなり一般化した物の、Free Wi-Fiは未だそこまで普及してなかった様で、少なくともローンパインでは使えませんでした。
 このネット環境の改善は朗報です。国が広いから郊外でしばしば途切れるのは仕方無いんでしょうけど…。
フリーWifiも普及
 閑話休題。当初紙の切符は2010年に廃止される筈でしたが、旅行者や一寸用事で寄っただけの人には不便過ぎるとの判断からか今でも残ってます。 
 その為改札も分けて設置されてます。(ホーム側からの様子。go card対応は車椅子仕様だけど紙切符用は幅が狭い…?)
ガッツリ改札が分かれてる
 殆どの場合go cardの方がデポジット分を払っても遥かに割安なのは確か。
 んで現在のゾーン及び料金表ですが…めっちゃゾーンが整理されている!! ゾーン23から8までスッキリ簡略化!! 2015年の時点では未だ23まで有ったのに!!
 カランビンも17→6になりました。
ゾーンが整理されている!!
 煩雑なゾーン制と言えばコペンハーゲンは2013年当時でゾーン95?位有って呆れた物ですが、現在近郊区間を含めるとここまで細分化されてるらしいぞ…国民は把握してるの? ̄▽ ̄;

 次回は『市内バス関連~消えた巡回バス?~』の予定です。




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